今回は宮本信子さんの息子さんのことについて調べてみました。
宮本信子さんは2人息子がおり、伊丹十三さんを夫に持ちます。
映画監督としての伊丹さんの息子様はどんな方なんでしょうか?
また、画像はあるんでしょうか?詳しく調べてみました。
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宮本信子の息子(長男)は俳優?画像は?
まずは長男の情報からです。
宮本信子さんと伊丹十三さんの間には2人の息子がいます。
長男は俳優の池内万作さんです。長男の池内万作の万作は、父方の祖父・伊丹万作(本名池内義豊)の芸名の万作を採ったと思われます。
以下はプロフィールになります。
名前:池内万作(いけうちまんさく)
出身地:東京都
生年月日:1972年3月27日
身長:180cm
体重:67kg
血液型:O型
現職:俳優
所属事務所:東宝芸能
1989年、和光学園高校2年生の時にアメリカの高校へ編入し91年に卒業。
その後ロンドンへ渡り、リー・ストラスバーグ校にて3年間、演技と脚本を学んで帰国。
帰国後の1995年に映画「君を忘れない」で俳優デビュー。
以後連続テレビ小説では
あぐり(1997年)-福沢南
どんど晴れ(2007年)-西田一敏
花へんろ(1997年)
大河ドラマでは
利家とまつ~加賀百万石物語~(2002年)-豊臣秀吉
龍馬伝(2010年)-三条実美
などなど数多くのドラマや映画に出演。
これはNHKドラマの出演作品ですが、NHKだけでもこれだけの本数に出演されています。
間違いなく日本を代表する俳優と言っても過言ではないでしょう。
最近ではコラムの連載、朗読や音楽番組の配信など、多方面で活動中です。
自身のホームページでもユーモアがあふれ、サービス精神旺盛な才能を発揮しているそうです。
長男は俳優さんであることがわかりました。
最近の出演作品は記載していませんが、しっかりと活動されており、ドラマの出演も多数あります。
多方面でも活躍中なのでどこかで見る機会がありそうですね!!
池内万作のユーモアな一面
出演作品が多い実力派の池内万作さん。そんな彼には、意外にもユーモアある一面があるとか。
池内万作さんは、アウトデラックスで裸足(はだし)で走る俳優と紹介された通り、裸足で走るのが好きなようです。
そんな池内万作さんが2016年に、WEB音楽番組「MUSIC SHARE」の代表の本田みちよさんと結婚なさっていますが、奥様もきっとユニークな方じゃないかと思われます。
お子さんが出来たら間違いなく裸足で生活させるでしょうね(笑)。
裸足保育は足の底の感覚を養うのに最適と言われていますし、まわりまわって良い教育になりそうです。
奥様もどんなユニークな方なのかも気になりますね。
宮本信子の次男は?子供の画像はあるの?兄弟との関係は?
続いて次男の情報を追っていきましょう。
次男は池内万平さんといいます。
子供の頃(1984年)に伊丹十三監督の「タンポポ」に「ターボー」役で出演しましたが、母親の宮本信子さんによると、「助監督に怒鳴られすぎたのか芸能界に興味がない」とのこと。
他に出演しているのは1984年「お葬式」で次郎役として出演しています。
そののちは「伊丹十三記念館」の評議員に名を連ね、また伊丹プロダクションの取締役をなさる等、完全に裏方に回っているようですね。
今は一般人になったせいか、池内万平の詳しいプロフィールはウィキペディアには出ていませんね。
あまり詳しい情報はありませんでしたが、長男とは違い俳優や芸能界には興味が無いようですね。
それらしい画像も見つかりませんでした。
しかし、一度作品に出演していることから「やらず嫌い」というわけではないのは好感が持てます。
裏方に回り、取締役をするなど「裏の主役」という感じが伝わってきます。
宮本信子さんの経歴
宮本さんの経歴も載せておきます。
宮本信子さんは1945年北海道小樽市生まれ。
1963年に高校を卒業後、文学座付属演劇研究所に入所。
1964年に劇団青俳に入団し、その後フリーとなります。
1969年に12歳年上の映画監督・伊丹十三さんと結婚。
当時の伊丹十三さんは映画監督ではなく、俳優・イラストレーター・デザイナー・エッセイストなどをこなすマルチタレントでした。
宮本信子は、朝ドラの「あまちゃん」の祖母・夏ばっば役や「ひよっこ」の洋食屋すずふり亭の女将役で再ブレイクしていますね。
若い頃は、20年前に亡くなった夫で映画監督の伊丹十三監督の作品である、映画『お葬式』や『マルサの女』で一世を風靡した大女優です。
2014年には学問や芸術、スポーツなどで功績を残した人に贈られる紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章しています。
20年前にも一世を風靡され、2014年には紫綬褒章を受賞するなど、記載した通り大女優であることがわかりました。
長男が俳優を目指すのも納得の一言と言えます。
旦那さんが映画監督と環境にもかなり恵まれていますね。
夫・伊丹十三(いたみ じゅうぞう)さんについて
では、旦那さんの詳細も見ていきましょう。
戸籍名は池内 義弘だが、家庭では岳彦と呼ばれて育った
ため、本名・池内岳彦とされる場合もある。映画監督の伊丹万作は父。女優の宮本信子は妻。
長男は池内万作。次男は池内万平。本名:池内 義弘(よしひろ)または 池内岳彦(たけひこ)
生年月日: 1933年5月15日
生まれ: 京都府 右京区鳴滝泉谷町
死亡: 1997年12月20日(64歳没)、東京都港区 麻布台
配偶者: 宮本 信子 (1969年 – 1997年)、 川喜多 和子 (1960年 – 1966年)
子供: 池内 万作、 池内 万平
主な作品:映画『お葬式』『マルサの女』シリーズ
『ミンボーの女』『スーパーの女』『マルタイの女』受賞:ブルーリボン監督賞 1984年『お葬式』
数々の作品を作り上げながら、ブルーリボン賞も獲得しています。
しかし64歳で亡くなっているのはかなり早いと思います。
死因についても見ていきましょう。
伊丹十三の死について
前述したとおり、伊丹さんの死について詳しく調べてみました。
1997年12月20日に伊丹プロダクションのある東京麻布のマンション下で、マンションから転落死し遺体となって発見されました。
その死には様々な説が飛び交いました。
1992年に「ミンボーの女」が公開されて襲撃事件があったことなどから、反社会的団体の関与を疑う声がありました。
しかも、実は写真週刊誌からSMクラブ通いや、26歳OLとの不倫疑惑が取りざたされていました。
そして、写真週刊誌「フラッシュ」では死後に事務所のワープロから「身をもって潔白を証明します。何もなかったというこれ以外の方法では立証できないのです。」という遺書らしきものが見つかりました。
しかし、伊丹十三さんは生前文字を書くことに人一倍愛着があったため、ワープロで残った遺書には不自然だとも言われました。
また、転落死後の司法解剖の結果、伊丹はすきっ腹にヘネシーをボトル一本飲んでいる。
血液中のアルコール濃度及び残留量の分析の結果、短時間で体内に入ったものと推定される。
度数40度のヘネシーブランデー1本を短時間で飲み干し、したたかに酩酊した人間が、一人で階段を上り「争った形跡がなく」さもシラフのように静かにフェンスを乗り越え、ビルの屋上から落下したのである。
これらを踏まえてもかなり不自然であることがわかります。
結局真相は明らかになっていません。
かなり不自然ですね。
不審な点はワープロを使用したことと、度数の高いブランデーを短時間で飲み干したということ。
暴力団関係のトラブルとのうわさもあることから、その可能性はぬぐい切れないと思いました。